2010 101234567891011121314151617181920212223242526272829302010 12








スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

クリスマス商戦がはじまった!

小さい頃、この時期になると、
新聞の折り込み広告を見るのが好きだったなあ。

だって、オモチャの広告がいっぱい。
美味しそうなケーキ予約受付の広告がいっぱい。

チラシを眺めては、ウキウキしたものだ。

その習性は抜けないらしく、
いまも、ポストに入っている広告に見入ってしまう。


blog001.jpg


クリスマスシーズン到来のイタリアの広告って、
どんな?

興味のある人っているんじゃないかなあ。

そこで、イタリアで一番安いと言われている
トスカーナ地方の生協の広告をちょっとご紹介。

クリスマスというば、クリスマスツリーだけど、
イタリアに入って来たのはつい50年前だとか。

イタリアの家庭で祝う、
伝統的なクリスマスのオーナメントは、
これ、プレゼーピオ。

幼子イエス生誕のシーン。


blog002.jpg


イタリアの教会では、趣向を凝らした
プレゼーピオを展示するところも多し。


そして、盛り籠セット。


blog003.jpg


スプマンテ、パンドーロ、パネットーネ、
トローネ、チョコレート、 などなど、
あま~いものが勢揃い。 

この時期は体重計を隠すとしよう。

盛り籠セットには、ドルチェ籠のほかにも、
ハム籠、ジャム籠、パスタ籠 など、種類はいろいろ。

フィレンツェといえば、
セリエAのフィオレンティーナ。

フィオレンティーナ籠なんてのもあり。

blog004.jpg


紫が公式色なので、紫(ヴィオラ)一色。


もちろん、子供用のおもちゃページもあります。

キティちゃんはイタリアでも大流行り。

ちなみに、イタリアで製造・販売しているキティは
カモミッラ・キティと言うらしい。


blog005.jpg


私的には、赤いヴェスパがいいなあ。



スポンサーサイト

苦しいときの神だのみ(荷物の発送)

随分と大袈裟なタイトルになってしまいましたが、

旅行中、良く吟味して買い込んだはずなのに、
パッキングし終えて、スーツケースを持ってみたら、

重た~い (汗)
何キロあるだろう (泣)

なんて、チェックインカウンターで

バクバク ドキドキ 

した経験はありませんか?

日本からイタリアへ戻って来る時、
わたしは、いつも心臓バクバクで寿命が縮まる思いです。


つい最近、日本へ帰国されるお客様が、

荷物が重たくて、絶対に超過料金必須!

な状況になり、
しかも、
中身は壊れやすく、かつ重たいもの。


書籍等なら、イタリアの郵便局からも送れて、
料金もそれ程ではないが、

瓶もの、割れ物 はちょっと危ない。
でも、スーツケースや手荷物も一杯いっぱい。

それで、今回利用したのが、ここ。


100_0690_20101124012410.jpg


サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のすぐ近く。
ほぼ斜向かいにあります。

まずは電話してだいたいの金額を聞いてみると、
5キロで150ユーロ前後。

お客様も、それなら。出してみます。

ということで、大きいもの、小さいもの、
厚さのあるもの、薄いもの。
1つの袋にまとめて持参することに。

オフィスは和気あいあいで、ゆる~い感じ。

係のダリオ君が、袋の中身を一瞥して、
これは10キロ以上はあるね~。

重さでなく、箱の大きさから料金を割り出してくれました。
確か、18キロまでで、200ユーロくらいでした。
到着は約1週間後。
しかも、梱包も、すべてやってくれるということ。

ちょっと割高だけど、梱包込みでこの値段は、
本当に困っている場合は、
渡りに船。
苦しいときの神だのみ。

瓶ものなどの壊れ物を発送されたい場合は、
ご一案されても良いと思います。


MAIL BOXES ETC. 212
Via della Scala 13r, 50123 Firenze
Tel: 055. 268 173
eMail: ceekayservice@dada.it
営業時間:月~金 (9:00-13:00 / 15:30-18:30)

ほかにも、ここがあるよ!
という耳寄り情報があったら、教えて下さい!


ちなみに、郵便局の場合

logoposte.gif


普通の国際小包は20キロまで。
きちんと梱包して出して、
船便は約50ユーロ、
空港便は約150ユーロ。
郵便局の商品名:Pacco Ordinario Internazionale

速達の国際小包は30キロまで。
きちんと梱包して出して、
保証付きで東京まで282,38ユーロ。
郵便局の商品名:Paccocelere Internazionale

pacco_posteit.gif


ご参考までに!





ダビデのお散歩

1週間ほどブログを留守にしていまして、すいませんでした。

時間が経つのは早いもの。
情報は3日経っただけで、すっかり古くなってしまう。
でも、敢えて、先々週のフィレンツェをお伝えしま~す。


20日まで、フィレンツェでは、

FLORENS 2010 

なるイベントがあちこちで開催されていました。


でも

何が、どこで、いつ、開催されているのか。
4 W + 1 H が皆目不明。


コマーシャル不足なのか、資料作りが今イチなのか。

真剣に情報を収集しないと、まったくわからん。

さすがはフィレンツェ。 やっぱりフィレンツェ。


そんなある日。ダビデが宙を浮いていた。


david1_672-458_resize.jpg


設置完了。

下から見上げると、ち~ちゃく ポチって見えるだけ。


david2_672-458_resize.jpg


翌日。


prato4_672-458_resize.jpg


お~!! 
大聖堂の広場に1日で芝生が! 
奇跡だ !

芝生を貼る作業をお客様が前夜に見かけたらしい。
一晩でこれだけの仕事ができるなんて、
フィレンツェ人もやればできるんじゃん!

しかも。 

もう1つの奇跡が。

昨日は、ポチっと大聖堂の屋根にいたダビデが
大聖堂の正面に移動している。


prato7_672-458_resize.jpg


わたしが行ったときは、記念撮影をする人が順番待ち。
そりゃそうだ。  
こんな光景、一生に一度しか見れないかも。


さらに翌日。 


dav1.jpg


ダビデ殿のお通りです。


corteo0.jpg


パレードを繰り広げながら運ばれた先は、


david15.jpg


シニョーリア広場 !

旗が舞い、音楽が奏でる。

ばんざ~い ばんざ~い !


david17.jpg


ダビデがダビデとついに対面 !!


nuovodavid7.jpg


フィレンツェを散歩していたダビデは、
コピーでプラスチック製の分身。

今回のダビデのお散歩は、
1504年に本物のダビデ像を
大聖堂の工房からシニョーリア広場に移す場面を
再現したものらしい。

本来、ダビデ像は、大聖堂に置くために、
ミケランジェロに注文されたもの。

でも、実際に出来上がると、

このダビデ像は共和国の自由のシンボル。


スクリーンショット(2010-11-22 17.47.57)


「大聖堂の前より、ほかの場所の方がいいかも。」

「って、じゃあ、どこ?」

「う~ん どこに置こうか。」

当時も、等身大の模型を作って、東へ西へ、北へ南へ。
しっくりいくところを、検討したらしい。

結局、ミケランジェロの要望もあり、
シニョーリア広場のベッキオ宮殿の正面に落ち着いた。

ということです。

な の で、

今回のダビデのお散歩は、置き場所を決めるために
右往左往した当時を再現した。らしい。

(でも、さすがに屋根の上には載せなかったと思うのだが。)

1504年5月1日。
シニョーリア広場へ移動するダビデ。

スクリーンショット(2010-11-22 17.27.49)

木組みでしっかりダビデ像を括り、車輪は、丸太で代用。
4日間かけて、ようやく到着したということです。

さらに、時は移り、1873年。

オリジナルのダビデ像は、さらに移動をして、
ようやく、アカデミア美術館に納められることになります。


規模の大きな今回のプロジェクト。
3日間だけというのは、もったいなかったな~。

大聖堂の広場の芝生も、すぐに撤去されて、もったいなかった。 
白の大理石に映えて、すっごく綺麗だったのにー。





* 今回使用した写真は、下記のものです。
Corriere Fiorentino コリエレ・フィオレンティーノ新聞
http://corrierefiorentino.corriere.it/

La Nazione ラ・ナッツィオーネ新聞
http://www.lanazione.it/

Palazzo Vecchio ベッキオ宮殿のHP
http://www.palazzovecchio-museoragazzi.it/?language=it




イタリア報道事情 

先週土曜日に、イタリアを代表する指揮者、
Riccardo Muti (リカルド・ムーティ)がテレビに出演。

→ 彼の経歴はこちらを参照。

彼は、1968年から1980年まで、フィレンツェの
五月音楽祭の首席指揮者を務めたこともあり、
フィレンツェでは馴染みのある指揮者。

去年に彼のコンサートが市立劇場で開催されたとき
わたしも観て来ました。 

指揮者によって、こんなに楽団の演奏が変わるんだ~。
というのがわたしの印象。 


riccardo-muti.jpg


テレビに出演したリカルド・ムーティは気さくな印象。
笑いあり、真面目な話しあり。

わたしが、まるでオーケストラの一員になったように、
グングンと彼のトークに惹き付けらました。

彼のトークのなかで特に印象的だった話題。
それが、カラブリアの若手オーケストラ。

Banda di Delianuova。平均年齢 12~18歳。

カラブリアは、ナポリやシシリアと肩を並べて
陰鬱で憂鬱な話題ばかりを提供しているイタリアの南部地方。

そんなニュースを耳にしていると、どうしても、
その地方のイメージが悪くなり、
国民のモチベーションも下がり気味になってしまう。

もちろん、その地方に住む若者達もしかり。
未来に展望を持てずに、転がり落ちる若者もあり。

でも、どんよりした沼のなかに、美しい蓮の花を咲かせるように
この状況で、がんばっている人達もいるんです。


banda musicale


彼らは、ラヴェンナ音楽祭で演奏し成功を収め、
リオンで開催された音楽祭では、
25~30もの参加オーケストラを押しのき、見事優勝。

残念ながら、このニュースを報道するマスメディアはいませんでした。
イタリアの南部地方を話題にする場合、いつも暗い話題ばかり。

私達の国、イタリアが、素晴らしい国ということを、
どうして、報道しないんでしょう。 

悪いニュースばかりでなく、私達の住んでいる
イタリアという国は、どんなに素晴らしいか。 
若者がどんなにがんばっているか。

声を大にして、報道することにより、
イタリアという国をより誇りに思い、
若者達に希望を植え付けることができるのではないでしょうか。

と、語っていたのが印象的でした。

ケナすばかりでなく、褒めることも大切。

20分ほどのトークショーだったけど、観た人の心に、
大きな印象を残したリカルド・ムーティ。

これは、イタリアだけでなく、
どこの国でも大切なことじゃないかな~。




美食(日本紀行17編)

煮る、焼く、揚げる、蒸す、炊く、
日本の調理法は多彩。

しかも、シャキっとか、カリっとか、
歯ごたえにも、多くのヴァリエーションあり。

これほど素材を活かして調理する人種も
珍しいのではないでしょうか。

日本人であることに誇りを持つ要素の1つ。


まあ、まずは1杯飲むとしましょう。


IMGP0082.jpg

マスとコップの立ち姿もシンプルで美しい。
しかも、美味。 うふ。


この日は5人でお食事。

IMGP0007.jpg

IMGP0010.jpg

IMGP0016.jpg


きゃ~!  お~ ! 
わたし、すっかり外国人状態。
相方、すっかり日本人状態。

私達のために、
居酒屋の王道料理も注文してもらいました。


IMGP0043.jpg

IMGP9977.jpg

IMGP0062.jpg


すべてが旨い!  うまうま !!

フィレンツェは海がない街なので、
どうしても、魚より肉がメイン。

ナイフでガシガシとお肉を切っていると、
半分くらいで、食べ疲れるときがある。

満腹ではないんだけど、な~んか、
肉疲れっていうのかなあ。 

野菜や魚料理をお箸で食べるとホッとする。

ナイフとフォークは、料理と闘うようで攻撃的。

1口大に切られた料理を、お箸で頂くと、
無理に力をいれずに、スッと口に運べて優しい感じがします。

チーズ等がない日本では
貴重なカルシウム源だった魚の骨。 


IMGP0137.jpg


揚げるだけで、アート。

日本料理の奥深さに感嘆です。












[ 2010/11/15 22:16 ] @日本紀行 | TB(0) | CM(4)

不思議なお野菜

写真-1

大根 ? ゴボウ ?

スーパーで目にしてはいたけど、食べ方が分からないから、
わたしの買い物リストにいままで加わらなかった食材を、
相方が買ってきた。


どうやって食べるの? (私)

さ~ ね~ ?  (相方)

ええええー 。。 (脱力な私)


わたしは、作るものを考えて、
リストに書き出してから買い物する派。

わたしのスーパー滞在時間:20~30分

ちゃっちゃっ と済まして、さっさと帰宅。

相方は、その場で適当に選んで、
あとからその食材に合ったレシピを考える派。

相方のスーパー滞在時間:1時間強

あれこれ物色するから、なが~いなが~い。

* * * * *

さて、この根菜。

RADICI DI SONCINO と書いてあり、
ソンチーノ産のラディチということらしい。

ラディチは根っこの意味。

ソンチーノ産の根

この単刀直入なネーミング。
どんな野菜か皆目見当がつきません。

パッケージの裏には、
RADICI AMARI と書いてあった。

苦い根

いったいなんなんでしょう。 このお野菜。

* * * * *

ネットでレシピを検索すると、
茹でる、グランタンの具にする、オイル漬けにする、
バーニャ・カウダにする、などなど。

そこで、今回は、バーニャ・カウダにしてみました。

1)
皮を剥いたら、鍋に入るように適当に切って、茹でる。
茹でるときに、少々のお塩とお酢を加えておきます。

2)
塩漬けアンチョビ2匹分とニンニク1カケをみじん切りにして、
オリーブオイルを加えて、軽くフライパンで熱する。

3)
今回は、茹で上がった1)の
繊維の多い部分は省いて、1口大に切りました。

4)
ろうそくの火で底から少しずつ熱する、
アペリティフに使うような、
もしくは、チーズフォンドゥに使うような容器に
2)と3)を入れて混ぜる。

完成 !


写真


ほろ苦い、ごぼうと大根の中間のような味で、
どちらかというと淡白。

アンチョビの塩っぽい魚の味がニンニクで中和され、
これが、淡白なラディチと相まって、なんとも美味!

これから冬に突入する季節。

日本式鍋やイタリア式煮込みにも使えそうな食材。


相方のお陰で、新しい食材に出会えることもあるから、
一緒にスーパーに行っても、イライラせずに、
気長に待つ忍耐力をつけよう。 うん。


[ 2010/11/12 03:46 ] @ 美味なるもの | TB(0) | CM(4)

フィレンツェの食の祭典

logo.jpg
2年に1回
フィレンツェで開催される食の祭典

期日:11月6日(土)~11月22日(月)

トリノのサローネ・デル・グストと同年に開催されるというのは、
トリノに対抗してか??!!

イヤイヤ(笑) 
規模が全然違う、ローカルな食の祭典です。

ただ、市街で開催されるものが多かったりと、
アクセスがちょっと不便だったりする。

そんな数あるイベントのなかでも、
観光で来ても楽しめるような、面白そうなイベントがこれ。


il Mercato dei Sapori e dei Mestieri

期日:11月12日(金)~11月14日(日)
時間:9時~20時
料金:無料

cibi.jpg


食の生産者が自家販売するマーケットです。

場所は、フィレンツェ中心街のおヘソに当たる、
共和国広場。そしてストロッツィ広場。

イタリア語表記でPiazza della Repubblica と Piazza Strozzi。

共和国広場には400店が、
ストロッツィ広場には40店が、建ち並ぶらしい。

設営は、昔ながらの市場を想定しているとか。


mercato-piazza.jpg


販売される食材は、トスカーナ産ばかり !

ワイン、オリーブオイル、蜂蜜、茸、トリュフ、
サラミ、チーズ、ジャム、サフラン、栗 etc...

今年の新酒ワインが飲めるかも。
摘み取ったばかりのオリーブオイルもあるに違いない。
栗はいまが季節。 オーブンで焼いてホクホクたべたい!

試食も、もちろんオーケー。
この時期にフィレンツェにいらっしゃる方、
要チェックですよ  (^o^)/


→ Biennale Enogastronomica Fiorentinaの公式サイト




[ 2010/11/09 20:30 ] @食とワインの見本市 | TB(0) | CM(0)

茶畑イン静岡(日本紀行16編)

夏も近づく八 十八夜・・・♪

IMGP0586.jpg


小さい頃の手遊び歌。懐かしいなあ~

愛知県を後にし、次なるところは静岡県。
茶畑を見たかったのです。

新芽。
薄い緑の葉っぱの部分のみを摘み取るらしい。
ツルツル ピカピカ の新芽が、かわいい~。


IMGP0663.jpg


さすがは静岡。 あっちにも。


IMGP0155.jpg


こっちにも。茶畑。


IMGP0163.jpg


畑にニョキニョキと立っているファンは、
霧や霜が降りるのを防ぐためのものらしい。


IMGP0202.jpg


おっと、これは大根。


IMGP0621.jpg


あまりにも、美味しそうに太っていたので
思わず被写体に。

いいねえ~ 日本 !


昔から愛飲されてきたお茶

室町時代はストリート・ドリンクとして、
庶民にもお茶が浸透したということ。


DSC09440.jpg

1服1銭 でお茶を楽しむ


今は機械が導入されていても、
お茶作りの工程は、昔と変わらず。


DSC09448.jpg

DSC09453.jpg

DSC09449.jpg


我が家では、健康のため、ワインは週2~3回
(それでも多いか。。。)と決めています。

お味噌汁とイタリアンは今イチ相性が悪いので(笑)
緑茶、番茶、ほうじ茶、棒茶、などなど、
食事に合わせてお茶の種類を変えています。

芯から身体を温めてくれるお茶は、
ニンニクたっぷりの食事も
カテキンのお陰で口臭をシャットアウト。
ついでにビタミンCも補給でき、お肌にもよろしい。

最近は、フィレンツェでも、紅茶屋さんで
日本茶や中国茶を購入することはできるけど、
やっぱり、本場のお茶にはかないません。

各種、さまざまなお茶を買い込んできたのを、
いまは大切に愛飲中。



[ 2010/11/08 19:21 ] @日本紀行 | TB(0) | CM(0)

楽しかった~♪

なんとか着ていく服を整えて

初体験してきました

オペラ「フィガロの結婚」

ストーリーはなんとなく頭に入ったし、
曲もなんとなく耳慣れしたし、

いざ! 開演。


181-040.jpg

ほ~ 舞台の上に字幕がでるんですね。
舞台の上のアルファベット文字が字幕。

ストーリーが追いやすく、ありがたい。

開始時間20時30分。
終了時間00時00分。

あっ

という間に時間が過ぎました。


181-052.jpg


電磁化されたテレビやスクリーンでは味わえない

生、ライブ、臨場感。

軽快で流暢な音にのり、
感情の込もった歌が、ホール全体に響きわたる
人間の持つ「声」に圧倒され、感動。


181-103.jpg


絵画 彫刻 建物 音楽 舞踊

美しいもの 綺麗なもの 感動するもの

アートには、それぞれのストーリーがあるけど、
それを生んだ人間って、すごいなあ と思う。

オペラもその1つ。

いままで苦手だったのに、

振り子が右から左へ動くように、
無関心から興味大に、わたしの感情は大移動。

やっぱり、先入観はいけませんね。
いつまでも、好奇心は忘れないようにしよう。


181-044.jpg


通路を挟んだ向こう側には、
小学生と思える子供達が30人ほど席を占めていました。

ありゃりゃ  騒ぐかなあ~

ちょっと心配だったけど、そんな心配はどこへやら
みんな、真剣な表情で観劇していました。

課外学習だったのかなあ
終了時は劇場の玄関先で、親御さんがお迎え。

劇場へ足を運ぶ人には、年配の方が多いかと思いきや、
20代と思える若者も多くみかけ、

ちょっと嬉しくなりました。


Figaro4.jpg


それにしても、
フィレンツェだけ?  イタリアの傾向なのか。

重唱、合唱、アリアと、
配役に合わせて歌うことになるが、
どうしても出演者の優劣が出てしまう。

上手な出演者には
ブラヴォー!  ブラヴァー! 
掛け声つきで、感情入りの惜しみない拍手。

まあまあ、かな。という出演者には、
拍手はするものの、よくがんばりました的な拍手。

観客が、そのまま、批評家なんですね。
怖いな~

次回は、ベニスのフェニーチェ劇場で観劇したいです。
劇場を出て、迎えてくれるのは、
水面に明かりが映える、ロマンチックな海の都ベニス。

ああ、なんて素敵~!


*)
写真はマッジョフィオレンティーノのブログから掲載しました。




[ 2010/11/07 23:25 ] @展示会やコンサート | TB(0) | CM(2)

オペラ歌劇、ただ今予習中(後半)

11年後の1600年。

ウフィッツィ美術館に当時あったメディチ家劇場で、
メディチ家本宅であったピッティ宮殿で、

Euridice(エウリュディケ)

という舞台が開かれました。


teatromedici.jpg


楽曲担当:ヤコポ・ペーリ
台本担当:オッタヴィアーノ・リヌッチーニ

両者ともに、バルディ同好会とも呼べる、
カメラータ・デ・バルディの責任者。

指導者:ヴィンチェンツォ・ガリレイ

ん? ガリレイ ?

どこかで聞いたことのある名前。


そう、

彼はガリレオ・ガリレイのお父さんなんです。


b3a3bfe8a708b55e7c47a92fa43c662e_medium.jpg


こちらは
天文学の父と呼ばれる
息子のガリレオ・ガリレイ


いっぱいカタカタの名前が続きましたが、

バルディ同好会は、
バルディ・ディ・ヴェルニーノ邸宅がメインオフィスだったので、
そう呼ばれています。

いまもこの邸宅は現存していて、
サンタクローチェ地区ベンチ通りの
ホルン美術館の目の前にあります。


DSC03782.jpg


現在、この邸宅は個人所有。
残念ながら見学不可能です。



バルディ同好会ってなに?

「歌いながら劇をする」

ことで、

音楽に革新を与えようと活動していた団体。

じゃじゃ~ん!

ここでついに現代に通じるオペラが誕生するのです。



記念すべきEuridice(エウリュディケ)のあとに上演されたのは、
Arianna
(アリアドネー。ギリシャ神話の人物でディオニソスの妻。)
そして
Orfeo(オルフェウス)。

→ アリアドネーの話しはこちらを参照
→ オルフェウスの話しはこちらを参照

実は、最初に上演されたエウリュディケは、
オルフェウスの奥さん。

なので、オルフェウスはエウリュディケの
続編と捉えることもできるでしょう。


orfeo.jpg


歌いながら劇を演じることをメロドラマといい、
すなわち、オペラのこと。


恋い焦がれて、裏切られて、失恋して、死に別れて。。

成就できない、哀しい愛

涙 涙 涙

で幕降りる、悲劇な恋愛劇


特に、ジャコモ・プッチーニの
ラ・ボエーム、トスカ、蝶々夫人などは、
代表的悲劇オペラ。

ストーリーを読んでいるだけで、
イタタタタ
心が切なくなってくる。。


オルフェウスの台本を書いたのは、
クラウディア・モンテヴェルディなる人物。


Claudio_Monteverdi_3.jpg


作曲家でヴィイオリン奏者で歌い手
という、マルチな音楽家。


その後、1700年、1800年には、

オーストリアのモーツァルトに続き、
ペーザロ出身のジョアキーノ・ロッシーニ、
パルマ出身のジュゼッペ・ヴェルディ、
トスカーナ出身のジャコモ・プッチーニ、

これらの作曲家が筆頭となり
オペラの全盛を迎えるようになるのです。


さて、予習もしたし、
いざ! 
オペラにいってきま~す。

あ、

相方とわたしは、カジュアル嗜好

劇場に、着ていく服が(泣)


teatro.jpg



[ 2010/11/06 00:46 ] @展示会やコンサート | TB(0) | CM(2)

オペラ歌劇、ただ今予習中(前半)

いままで、

劇場や教会でのクラシックコンサート


IMG_0153.jpg



イタリアンロックのコンサート


IMG_1067.jpg

VASCOooo !!!!


いろいろなコンサートに行ってきましたが、

敷居が高くて、いままで手を付けていなかったのが、

オペラ !


情報収集や切符購入は、わたしが担当。

ある日、相方が、

どうしてオペラは候補にないの ?

と聞いてきた。


え~だって~ わかんないんだもん
難しそうなんだもん
寝ちゃいそうなんだもん



相方はオペラが好き

で、そんなわたしの意見を聞いてか聞かずか、

オペラ・ブッファだらか、これなら楽しめるでしょ
と、勝手に選んできたのが、

La Nozze di Figaro フィガロの結婚


le_nozze_di_figaro1.jpg


オペラ・ブッファ は、喜劇オペラ。

う~ん
ついに、わたしも、オペラ・デビューか!?

3時間はある演目。
内容が分からないと、退屈、極まりない。

そこで、相方からCDを借り、
家仕事のときにのBGMとして耳慣れしておき、
小冊子やネットでストーリーを予習中。
ああ、登場人物が多すぎ!

面白そうな内容である。
曲目も、CMで耳にしたものもあり。

モーツァルトだから、
曲が軽快で、流れるようなリズムが心地よい。


mozart-1.jpg


モーツァルトはオーストリア人。
でも、オペラって、どこでどう生まれたの?

フィレンツェが発祥というのは、知っていたけど、
予習も兼ねて、オペラについて調べてみました。

なので、今回はオペラ誕生ストーリー。

ちょっと長いので前後半に分けました。
興味のある方は2日連続でお読み下さい。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

時は1500年代。 

フィレンツェではメディチ家が、
トスカーナ大公そしてフィレンツェの君主として
栄華を誇っていた時代。

ローマで枢機卿をしていた、
メディチ家のフェルディナンド1世。

長男のフランチェスコ1世が急逝したために、
フィレンツェへ戻って来て、跡を継ぐようになります。


Ferdinando_I_de_Medici_2.jpg


ずっと枢機卿をしていたので未婚。

メディチ家の跡継ぎとして

さあ、僕も結婚しなきゃ。

叔母でフランスに嫁いだカテリーナ・デ・メディチ
の姪に当たるクリスティーナ・ディ・ロレーナ嬢と婚約。

クリスティーナは、
カテリーナが病で臥せっていたのを看病し、
最後まで看取ったあとに、
フェルディナンド1世のもとへ嫁いできました。

その年25歳。 
フェルディナンド1世は40歳前半。

両者ともに、当時にすれば、かなりの晩婚。

政治的結婚にも関わらず、
仲が良く幸せな結婚生活を送ったということです。

* * * * * * * * * *

前置きが長くなりましたが、

婚礼のためにフィレンツェでは盛大な祝賀会が
一ヶ月間に渡り催されることに。

宮廷のお仕えアーティストであり、
ジェラートの発明者でもある
ベルナルド・ブオンタレンティが主監督になり、

音楽をバックにドラマを演じるコンサート

が開かれます。

そう、

これがオペラの前衛です。

1589年のこと。

テキスト担当
ー ジローラモ・バルガリ
ー オッタヴィアーノ・リヌッチーニ

作品担当
ー ジョヴァンニ・バルディ・ディ・ベルニオ

音楽担当
ー ザッゼリーノと呼ばれていたヤコポ・ペーリ

舞台演出と衣装担当
ー ブオンタレンティ

これは、ブオンタレンティが水彩画で描いたデッサン。


opera1.jpg


ここから序所にオペラが形づくられていくのです。


次回につづく



[ 2010/11/04 21:23 ] @展示会やコンサート | TB(0) | CM(0)

成道山松安院大樹寺(日本紀行15編)

しだれ桜が美しい春

DSC09366.jpg

正式名称
じょうどうさん・しょうあんいん・だいじゅじ

通称 大樹寺(だいじゅじ)。

愛知県最終回。場所は岡崎市。


友人の案内がなければ、足を運ぶことはなかっただろう。
このお寺の存在すら知りませんでした。
案内してくれて、ありがとう。

ただのお寺と思うなかれ。

徳川氏(松平氏)の菩提寺であり、
歴代当主の墓や歴代将軍(大樹公)の位牌が安置されているのです。


IMGP9737.jpg

松平八代のお墓

永禄3年(1560年) 桶狭間の戦いで今川軍は敗走し、
松平元康(徳川家康)はここに逃げ帰り、
先祖の墓前で自害しようとしたが、
住職の登誉に諭されて思い留まった。
慶長7年(1602年) 勅願寺となる。
(by wikipedia)

桶狭間の戦い。
今川軍。
徳川家康。

日本の重要歴史キーワードが散りばめられた、
由緒あるお寺。 

徳川家の家紋といえば、

頭が高い、 この葵の紋どころが目に入らぬか~!

でお馴染みの”三つ葉葵”。 


スター付き画像7


さすが菩提寺だけあり、屋根瓦の装飾は三つ葉葵。
木組みの、がっしりした屋根作り。
隙やゆるみのない、凛とした美しさ。
いい仕事に溜息。

これは山門


IMGP9563.jpg


寛永18年(1641)に、三代将軍徳川家光公が建立。
手前が山門。 
向こうに見えるのは総門。
そのずっと遠く、一直線上には、岡崎城を見ることができます。


歴代将軍の位牌が安置されている場所には、
それぞれの将軍の身長も記載してあり、

平均身長は、約155センチ。
綱吉に至っては124センチ。

当時の人々の平均身長だったのか、
意外に小さいのに驚き。

わたしがこの時代に生きていれば、
平均身長だったかも。
いや、それよりちょっと低めだけど。


境内には、国の重要文化財である多宝塔もあり。


IMGP9691.jpg

DSC09370.jpg


桶狭間の戦いが起きた1560年と言えば、
フィレンツェはメディチ家の当主コジモ一世の頃だわ。

なんて、強引にフィレンツェと結びつけながら

日本やイタリアだけでなく、
世界各国で、いまは歴史と呼ぶ様々な事柄が
同時進行で起こっていたこと

時間の積み重ね、事柄の積み重ねが、
いまの国を形成していること、

その当時の情景を想像してみながら、
必然か 偶然か
いまこのお寺の前に立ち、
時の流れと自分との接点を不思議に思うこと、しばし。


旅行はまだ3分の1を消化したところだけど、
各地にいる友人・知人達のお陰で、
かなりディープな日本を満喫しています。

本当に感謝感謝です。
ありがとう。


→ 大樹寺のHPはこちらから



[ 2010/11/03 21:34 ] @日本紀行 | TB(0) | CM(0)

雨の傷跡

10月の最終土曜日に冬時間に変り、
夕方5時には、とっぷり日が暮れるようになった、
今日は3日目。

冬時間にいつ変わるの?

というクエスチョンを良く頂きますが、

10月最終土曜日の23時59分に、

ピ ピ ピーンと時刻が変わると

あら不思議

日曜日の23時に時間が逆戻り

身体のリズムを1時間早めたり、遅めたり。
日曜日は調整の日。

夏時間で8時30分起き(遅い!?)で
身体を慣らしておいて、
同じ時間で起きようとすると、
冬時間で7時30分。 

ちょっと得した気分。

11月1日はイタリアの祝日。
Ognissanti。全聖人の日。

今年は、11月1日が月曜日だったので、
日曜日と月曜日と2連チャンのお休みでした。

ちなみに、11月2日は死者の日。
日本のお盆のよう。
11月1日のお休みを利用してお墓参りに行く人多し。

でも、、

外は土砂降り

ザンザン ザンザン ザーザー ザーザー

わたしの記憶では、11月1日は、いつも雨。


北イタリアでは高速道路にまで水が溢れ、
ベニスでは浸水黄色信号が出され、
トスカーナでも、大きな土砂崩れが起きました。


Venezia_acqua_alta_fotoRenatoGreco_ComuneVenezia--400x300.jpg

水で たっぷん たっぷん のベニス

腰までありそうだ。
間違えて海へ落ちそうだ。。。 怖い 怖い


毎年、この時期は雨が降る

ここは、フィレンツェのサンクローチェ広場


DSC08242.jpg



扉の左上の石碑に注目


DSC08241.jpg


下は、1557年9月13日のアルノ川大氾濫で
ここまで浸水しました。 という石碑。

さらに、上にある小さな石碑は、

1966年11月4日

ここまで浸水した。という石碑。
大氾濫したのは、もちろん、アルノ川。

ちなみに、

ここにはありませんが、

1333年11月4日

この日も、1966年と同じくらい被害を出した
アルノ川大氾濫が起きています。

33、66、 ゴロ合わせが危険

11月4日は、氾濫の危険度ナンバー1

アルノ川の氾濫を押さえるために、
なにか対策を考えた方が ??


でも、1300年代、1500年代、1900年代と、
2世紀以上のインターバルがあるので、

まっ、自分達の世代には起きないだろう

なんて楽観視なのか、どうなのか。。


1966年11月4日の氾濫で
浸水したサンタクローチェ教会


412px-Alluvione_di_Firenze_08.jpg


普段のサンタクローチェ教会


landscape_012.jpg


泥土と化した水のなかに埋まり、
大きな損害を被った美術品や古書を救出すべく、

ボランティアの若者達が世界から集まり、

彼らはのちに、

泥の天使 たち

と呼ばれるようになります。


td.jpg



ちょっと前に、ウフィッツィ美術館から
サンタクローチェ教会へ戻されたがために、

油にまみれた水に
うつ伏せになった状態で発見された

”チマブエのキリストの磔刑図”


495px-Cimabue_021.jpg


数十年に渡る修復を終え、いまは、
サンタクローチェ教会の付属美術館で鑑賞できます。

これ以上は直せない氾濫の傷跡が痛々しく、
フィレンツェ人が受けた心の傷を体現しているかのよう。

傷ついてしまったのに、
傷ついたがために、

より一層、

強烈なオーラを放ち、輝いて見える

見るたびに、感動する1枚


雨は、

自然に爪痕を残すこともあれば、
自然に恵みを与えることも


今日、11月2日は、
あんなに雨降りだったのが嘘みたいに快晴。

11月のイタリアは雨期と呼ばれていますが、
そんな憂鬱を吹き飛ばすがごとく、
食の祭典も目白押し。

新オリーブオイルの品評会
新酒ワインの展示会
トリュフ、栗、茸。

雨期の11月は食の11月でもあるのです。

もし雨のイタリアを旅行することになったら、
11月限定の、食の風物詩で胃袋を満たそう!




















上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。