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イタロ-ジャパン夕食会

友人が発起人になり、水面下で動いていた企画。
瞬く間にその日が近づいてきた。

きたる5月14日(土)、
イタ飯と日本食を合わせた、夕食会を開催します。

集まった収益金は、
あしなが育英会が建設予定の
震災遺児の心の憩いの家
「レインボーハウス」の建設に役立てられます。

参加者は嬉しいことにイタリア人も多し。
興味を持ってくれ、企画に参加してくれるイタリア人が
個人サイズでいるってことが嬉しいです。

基金を募るだけの夕食会でなく、
東北の「あの頃の」懐かしい風景をスライドで案内したり、
寄せ書きを書いたり、

プラス1ができる企画にしたい。

そんな友人の脇でちょっとだけお手伝い。

イタリア人は日焼けが大好き。
週末はこぞって海へ繰り出します。

そんな、海へ行き始めるギリギリの週末に
滑り込みセーフで14日に実施します。

場所はグラッシナという、ちょっとフィレンツェ郊外。
でも市バスで行ける範囲。


volantino cena giapponese del 14 maggio per raccolta fondi


興味をもたれた方は、下記が連絡先です。
携帯:345 9048109
forchetteebacchette@gmail.com


金曜日は仕込みですぞ。
当日は、わたしウエイトレスかも~
がんばりま~す♪


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1ヶ月後

イタリア時間の午前。
iPhoneに入れてあるアプリ「ゆれくるコール」が
ぴひゃらん ぴひゃらん と数回に渡り鳴りだした。

設定を実家のある福島県郡山市で
震度5弱以上にしてある。

イタリアにいても、知らせてくれるね。
「ゆれくるコール」ってば。

ドキリとして、すぐに姉宅へ電話してみるも、
当事者、いたって平静。

父は
原発事故で世界中フクシマの名が有名になり、
放射能汚染で本宮まで、規制区域。
それに関係なく、我ら畑仲間は、思い切り野菜を食べている。

わたしの家族って、なんか平和。
わたしの方が慌てているみたい。

断崖に波が押し寄せる海。
ここは福島県浜通地方にある広野町。
原発から20キロ圏内にある町です。

2002年に日本で開催されたワールドカップのときに、
友人達と遊びにいったときの一枚。


102-0220_IMG_20110411230341.jpg


いつになったら、この海岸を再び歩けるようになるんだろう。

こちらは魚市場。
キロメートル・ゼロの地元魚多し。
実家では、福島浜通りの漁港直送のピカピカに光る
新鮮な魚を食べるのが、楽しみだった。


102-0224_IMG_2.jpg


東京へ電気を送るために作られた福島原発。
今回の事故が起きるまで、どのくらいの人が
24時間不夜城の東京の電気の一部が
この原発から供給されたいたことを知っていたのだろう。

福島出身でいながら、わたしは知りませんでした。

今までは原発があるから、事故の起きる確率は少ないから、
それに代わるエネルギー供給源の研究が遅れていたのだとしたら、
いまが、研究を推進する時ではないのだろうか。

過去20年の間に、瞬く間に発展した
コンピュータや携帯のテクノロジー。

本気で研究すれば、
クリーンでグリーンなエネルギーの開発も加速しないかしら。

原発避難の方々は、家があるのに、
避難を余儀なくさせられ、
報道では避難、避難と口を揃えるけど、

あとどのくらい、避難生活を続けなければならないのか。
いつになったら、地元に戻れるのか。
いつになったら、仕事を再開できるのか。

道しるべがまったくない道の真ん中に降ろされて、
途方に暮れるばかり。

まだ一ヶ月。やっと一ヶ月。

時間は一秒ごとに進み、世界も進んで行く。
日々入ってくる、新しい事件や情報に押し流されずに、
いつまでも、当事者意識を忘れずに、
長い復興の道のりをともに歩いて行こう。



Rinascita*再生

105-542.jpg


季節が移り変わり、すっかり春のフィレンツェ。

枯れ葉を落とした植物達が、暖かい日差しを受けて
毎日少しずつ生まれたばかりの薄い緑色の若芽を伸ばし、

茶色だった土壌には、若草が生い茂げり、
赤・白・黄色の花々が彩りを添えています。

イタリアの報道で、再三耳にするようになった FUKUSHIMA。
日本の報道でも、福島原発。

至る所に FUKUSHIMA や 福島 の言葉が飛び交い、
耳にするたびに、気持ちがズンズンと落ち込んでしまい、

ブログになにを書けば良いのかわからずに、
書いては消し、消しては書いての繰り返しでした。

わたしの日常には、仕事があり、適度の楽しみもあり、
いまのフィレンツェは陽光が輝く日々。

一方で、家はあるのに、いつ帰れるとも知れぬ原発避難の方々や、
地震と津波ですべてを失った人々がいることを思うと、

なにが現実なのか分からなくなってしまいました。

福島原発から10キロ圏内にある、富岡や楢葉町など、
本来なら、海と自然が美しい素敵な町です。
わたしも日本にいた頃は、夏によく行きました。

美しい自然や素朴な人々が住まう町などということは、
原発事故の大きさに負かされて、
原発を作った会社名は人々に忘れ去られても、

福島という名は、歴史上、これからずっと、
原発事故のあったところとして、
世界中の人々の心に残ることでしょう。

とてもやるせなくて、悲しいです。

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ヒットラーに象徴されるような「悪い敵」がいて、
それと戦うという物語は、勝ち負けが重要だった。
相手が宇宙人でも、同じ。

しかし、「自然」というやつと戦うのは
勝ち負けが問題なのじゃなくて、
和平のみを目的にするしかない。

あれだけひどいことをした自然が、
もうじき桜を咲かせる。

(by 糸井 重里)
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これは地震や津波の天災に向けて書かれたことば。

原発が天災とは、わたしには思えないけど、

この言葉と、春の暖かい空気や
元気の出る青空や草花に癒されながら、
自分の気持ちも少しずつ再生して、

日常の時間を過ごしつつも、
被災された方々にも、できるだけ早く、
それぞれの理想の日常が来ることを祈りながら、
長期に渡る支援をしていきたいと思います。

と同時に、フィレンツェ時間を、
時には元気に、時には真面目に、
陽気な笑顔でご案内していきたいです。

次回からは、通常通りよろしくお願いします♪




オリーブの木

DSC00211.jpg

ウフィッツィ美術館裏にあるオリーブの木。
ここでは、1993年5月27日にテロ爆発が起き、
5人の命が奪われました。

ひしゃげたオリーブの木からは、
新しく、緑の葉が生い茂り始めています。

オリーブの葉は、常に常緑であり、
再生、平和、純潔を意味します。

そういえば、ノアの箱船で、水が引いたことを知らせたのも、
白い鳩が運んできた、緑のオリーブの葉。

パンドラの壺では、開封厳禁だった壺を
誘惑に負けてしまったパンドラが開けてしまったがために、
病気、悪意、戦争、嫉妬、災害、暴力など、
悪という名のものが、一瞬にして世界へ飛び散ってしまった。
慌てて蓋を閉じた底に残っていたのが、「希望」。

時間は確実に、1秒ごと進んでいます。
前進しているのが、どうか、明るい光の国でありますように。
わたしは希望を持って、願うと同時に、信じています。 

pray for japan !


3色の願い

この3色には、このような意味が込められています。

bandiera_20110318034847.jpg 緑は「願い」を。

bandiera_20110318034709_20110318034847.jpg    白は「祈り」を。

bandiera_20110318035210.jpg 赤は「愛」を。


今日はイタリア統一150年記念で祝日でした。

イタリアの国旗、3色の想い。 
どうか、世界に、日本に届きますように。

世界中が、日本を応援しています。

小学校の教師で、子どもたちに希望を伝えたいと考え作成した、
hideyumoさんの作品です。





福島という地名が世界中で瞬く間に有名になってしまい、
原発はまだ現在進行形。 
どうか、みんなの願いをかなえてください。
お薬が、早く効いてくれますように。


















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